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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)1748号 判決 1987年8月28日

原告(反訴被告) 甲太郎

右訴訟代理人弁護士 秋山幹男

甲事件被告 乙一夫

<ほか二名>

甲事件被告(反訴原告) 丁原春子(旧姓乙春子)

甲事件被告 戊田夏子

<ほか七名>

乙事件被告 甲田桃子

<ほか一名>

右被告一四名訴訟代理人弁護士 斉藤尚志

甲事件引受参加人 戊川月子

右訴訟代理人弁護士 芹沢孝雄

同 相磯まつ江

甲事件被告(脱退) 戊原朝子

<ほか二名>

主文

一  甲事件被告乙一夫、同丁田秋子、同丁原春子、同戊田夏子、同丙田冬子、同乙田五郎、同乙田八郎、同乙菊夫、同乙桜子、同甲原海子、同乙浜子、乙事件被告甲田桃子、同甲田栗夫及び引受参加人戊川月子は、原告(反訴被告)に対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明渡せ。

二  甲事件被告丙川梅子は原告(反訴被告)に対し、別紙物件目録二記載の建物から退去して同目録一記載の土地を明渡せ。

三  甲事件被告乙一夫は別紙物件目録一記載の土地につき東京法務局杉並出張所昭和二七年一〇月二〇日受付第二〇〇六六号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

四  甲事件被告(反訴原告)丁原春子の反訴請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用中、本訴において生じた費用は甲・乙両事件被告ら全員及び引受参加人の、反訴において生じた費用は甲事件被告(反訴原告)丁原春子の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  主文第一ないし第三項同旨

2  訴訟費用は甲・乙両事件の被告ら全員(以下被告らという)及び引受参加人の各負担とする。

二  被告ら及び引受参加人の本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告(反訴被告、以下原告という。)の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告(反訴原告、以下被告という。)丁原春子の反訴請求の趣旨

1  (主位的請求)原告は被告に対し別紙物件目録一記載の土地(以下本件土地という。)につき、所有者を乙松夫とする真正な登記名義の回復を原告とする所有権移転登記手続をせよ。

2  (予備的請求)原告は別紙相続人目録記載の相続人に対し、本件土地につき、昭和五三年五月三一日相続を原因とし、各相続人の持分を同目録記載のとおりとする所有権移転登記手続をせよ。

3  反訴費用は原告の負担とする。

四  反訴請求の趣旨に対する原告の答弁

(本案前の申立て)

1 被告丁原春子の反訴請求をいずれも却下する。

2 反訴費用は被告丁原春子の負担とする。

(本案の申立て)

1 主文第四項同旨

2 反訴費用は被告丁原春子の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  本訴請求について

(本訴請求原因)

1 原告の本件土地所有権取得

(一) 訴外乙花子は昭和二二年五月二二日ころ(予備的に昭和二一年九月ころと主張する。)訴外丁川竹蔵から同人所有の本件土地を買受け、東京法務局杉並出張所昭和二二年五月二二日受付第七六四六号をもって同日売買を原因とする所有権移転登記を経由した。ただし、右売買代金は乙花子の母である乙竹子が負担した。

(二) 乙花子は中華人民共和国の国民であるが、昭和五一年一一月三日上海市で死亡した。

(三) 法例二五条は、相続は被相続人の本国法によるとしているが、乙花子が死亡した昭和五一年当時、中華人民共和国には相続に関する成文法は存在せず、司法権を行使する人民法院が、不文法を適用していた。

(四) 乙花子の在日遺産の相続につき、上海市高級人民法院は、「中華人民共和国の法律によって、甲太郎、甲一郎、甲二郎、甲三郎、甲花枝が共同相続する。」としており(甲第五号証)、本件土地は、乙花子の夫である甲太郎、その子である甲一郎、甲二郎、甲三郎、甲花枝の合計五名の者によって合法的に共同相続された。

被告ら及び引受参加人は、中華人民共和国では土地の私有は認められていないから、同国民である原告は本件土地の所有権を取得し得ないかのように主張するが、中華人民共和国は、同国民が国外において土地を所有することを認めているのであり、現にわが国に存留する多数の中華人民共和国民はわが国の土地を所有している。

(五) そして、右共同相続人らは昭和五六年一二月八日協議により本件土地を原告の単独所有とすることに合意した。

本件共同相続人間で相続財産を原告の単独所有とする旨合意することが、中華人民共和国司法当局によって認められていることは、上海市公証処の証明書(甲第四号証)によって明らかである。

(六) 仮に、本件遺産分割協議が中華人民共和国法上有効であることが確認できないとした場合には、本件合意は贈与とみることができ、右贈与には当事者の意思及び行為地により日本法が適用され、右贈与は有効に成立しているといえる。

(七) なお、一九八五年四月一〇日公布され、同年一〇月施行された中華人民共和国相続法(甲第六号証)三六条によれば、中国公民が中華人民共和国外にある遺産を相続するときは、不動産については不動産所在地の法律を適用する、と定められており、本件相続についてこの法律を適用すれば、日本法が適用されることになり、乙花子の相続人は甲第五号証と同一であり、甲第三号証の遺産分割も日本法によって有効であることになる。

2 被告ら及び参加人による本件土地占有

(一) 他方、乙花子の父である訴外乙松夫は、乙花子が本件土地を買受けるのと同時に、本件土地上に存在する本件建物を乙松夫の正妻であり乙花子の母である乙竹子及び乙花子の住居として使用する目的で、所有者丁川竹蔵から買受けた。

(二) 乙松夫の死亡(昭和五三年五月三一日)により、本件建物の所有権は、いずれもその子である甲事件被告乙桜子、同乙菊夫、同丁原春子、同戊田夏子、同乙一夫、同丁田秋子、同丙田冬子、同乙田五郎、同乙田八郎、乙事件被告甲田桃子、同甲田栗夫、訴訟脱退前被告戊原朝子、同丙原陽子、同乙原夕子、訴外乙海夫、及び乙花子の子である訴外甲一郎、同甲三郎、同甲花枝、同甲二郎の一九名が共同相続した(持分は訴外甲一郎、同甲三郎、同甲花枝、同甲二郎が各六四分の一、その他の者が各一六分の一)。

(三) その後、訴外乙海夫が昭和五四年九月一〇日死亡し、その妻である被告甲原海子、その子である被告乙浜子が海夫の持分を共同相続した(その結果持分は、被告甲原海子、同乙浜子が各三二分の一となった。)。

(四) また、訴訟脱退前の被告戊原朝子、同丙原陽子、同乙原夕子の三名は、右持分を昭和六一年三月九日引受参加人戊川月子に譲渡した。

(五) 上述のとおり、被告丙川梅子を除くその余の被告ら及び参加人は、本件建物を共有して本件土地を占有している。

(六) また被告丙川梅子は、本件建物に居住して、本件土地を占有している。

3 使用貸借の成立

乙花子は本件土地購入と同時に乙松夫に対し、これを「乙竹子及び乙花子両名居住用建物である本件建物」の敷地として使用する目的で、期限の定めなく無償にて貸与した。

4 使用貸借の終了原因

(一) (目的終了)

(1) 乙花子は昭和二八年一〇月中華人民共和国に帰国し、乙竹子は昭和二九年一二月死亡した。

(2) よって、昭和二九年までに前記目的に従った使用収益が終了したから、本件使用貸借は遅くとも同年一二月末日をもって終了した。

(二) (借主死亡)

(1) 本件使用貸借の借主である乙松夫は、昭和五三年五月三一日死亡した。

(2) よって、右死亡日に本件使用貸借は終了した。

(三) (使用収益をなすに足るべき期間の経過)

(1) 本件土地使用貸借は、契約時から既に四〇年間を経過し、本件建物も著しく老巧化しており、使用収益をなすに足りる期間を十二分に経過したことが明らかである。

(2) 原告は本訴提起により解約申入れを行ったので、右申入れにより本件使用貸借は終了した。

(四) よって、被告丙川梅子を除くその余の被告ら及び引受参加人は原告に対し本件建物を収去して本件土地の明渡をなすべき義務があり、被告丙川梅子は本件建物から退去して本件土地を明渡すべき義務がある。

5 根抵当権設定登記の存在

(一) 本件土地につき、根抵当権を訴外株式会社常磐相互銀行、債務者を乙松夫とする東京法務局杉並出張所昭和二七年一〇月二〇日受付第二〇〇六六号根抵当権設定登記(債権限度額金一四〇万円)がなされている。

(二) その後、右根抵当権につき、同出張所昭和三四年五月九日受付第一一〇八二号をもって被告乙一夫に対し、昭和三三年一二月三〇日確定債権額全部(金一四五万円)の譲渡を原因とする根抵当権移転の付記登記がなされている。

6 根抵当権の消滅

(一) (確定債権の弁済)

乙松夫は、昭和三三年ころ、訴外株式会社常磐相互銀行に対し本件根抵当権の被担保債務を完済した。

右付記登記は乙松夫が債権者からの差押え等を免れるために、乙一夫が代位弁済したものと仮装して根抵当権移転の付記登記をしたものに過ぎない。

よって、本件根抵当権は弁済により、消滅している。

(二) (時効による消滅)

(1) 被告乙一夫の乙松夫に対する債権は、遅くとも本件付記登記の日から一〇年を経過した昭和四四年五月九日までに時効が完成した。

(2) そこで、原告は本訴において右時効を援用する。

(三) 以上により、本件根抵当権は消滅しているから、被告乙一夫は原告に対し本件根抵当権設定登記の抹消登記をなすべき義務がある。

7 よって、原告は本件土地所有権に基づき、被告丙川梅子を除くその余の被告ら及び引受参加人に対しては本件建物を収去し本件土地を明渡すべきことを、被告丙川梅子に対しては本件建物から退去して本件土地を明渡すべきことを、また、被告乙一夫に対しては本件根抵当権の抹消登記手続をなすべきことを求める。

(本訴請求原因に対する被告らの認否)

1(一) 請求原因1項の(一)のうち、丁川竹蔵が本件土地を所有していた事実及び本件土地につき原告主張の登記が経由されている事実は認め、その余の事実は否認する。

乙松夫が乙花子の名義を借りて本件土地を取得したものである。なお、乙松夫は他にも資産を残しているが、本件と同一形態のものとしては、東京都豊島区《番地省略》宅地二六一・一五平方メートルとその地上建物がある。乙松夫は昭和二五年一〇月右土地建物を買受けたが、土地を当時五歳であった被告乙一夫(昭和二〇年二月二八日生)の名義で登記し、建物は乙松夫の名義で登記しているのである。

(二) 同1項の(二)のうち、乙花子が中華人民共和国の国民であったことは認めるも、その余の事実は不知。

(三) 同1項の(三)ないし(七)の事実は不知。

中華人民共和国法が個人の土地所有を認めるのか否か、原告主張のような相続及び遺産分割を認めるのか否かについては、疑問が残る。

2 請求原因2項の事実は認める。

3 請求原因3項の事実は否認する。

本件土地建物は、昭和二一年九月乙松夫が、空襲で家を失った被告丙川梅子の家族と乙竹子とを共同で住まわせるために、乙松夫の友人であった丁川竹蔵から買受けたものである。

4(一) 請求原因一項の4(一)(1)の事実は認め、(2)は争う。

(二) 同4(二)(1)の事実は認め、(2)は争う。

(三) 同4(三)、(四)は争う。

5 請求原因5項の(一)、(二)の事実は認める。

6(一) 請求原因6項の(一)の事実は否認する。

被告乙一夫は、昭和三三年一二月三〇日、乙松夫の依頼により訴外常磐相互銀行に対し金一四五万円を支払い、抵当権と共に債権譲渡を受けたものである。なお乙松夫は生前、本件土地を保全するために被告乙一夫を抵当権者として残した、と言っていたということである。

(二) 請求原因6項の(二)、(三)は争う。

(引受参加人の請求原因に対する認否)

1(一) 請求原因1項の(一)のうち、丁川竹蔵が本件土地を所有していた事実及び本件土地につき原告主張の登記が経由されている事実は認め、その余の事実は否認する。本件土地は、乙松夫が買受けて登記名義だけを乙花子の名義にしていたに過ぎない。

(二) 同1項の(二)の事実は認める。

(三) 同1項の(三)ないし(七)の事実は不知。

中華人民共和国において、土地の私有が許されるのか、そして、その相続があり得るのか、疑問である。

2 請求原因2項の事実は認める。

3 請求原因3項の事実は否認する。

4(一) 請求原因一項の4(一)(1)のうち、乙竹子が死亡したことは認め、その余は不知。(2)は争う。

(二) 同4(二)(1)の事実は認め、(2)は争う。

(三) 同4(三)は争う。

(被告らの抗弁)

1 時効取得

(一) 昭和二八年一〇月乙花子が中華人民共和国に帰国する話が出たころ、乙花子は本件土地の権利を放棄し、本件土地の所有名義を乙松夫に戻すことを承諾したが、登記手続をしないまま帰国した。乙松夫はその後所有の意思をもって本件土地を占有してきており、平穏公然善意無過失であったから、昭和三八年一〇月末日の経過をもって時効により所有権を取得したものであり、仮にそうではないとしても、昭和四八年一〇月末日の経過をもって時効取得した。

(二) 丙川梅子を除くその余の被告らは乙松夫の相続人として、本訴において時効を援用する。

2 賃借権の設定

乙花子帰国後乙松夫は本件土地に課税される固定資産税・都市計画税を支払ってきた。乙花子は本件土地上に乙松夫の所有建物が存在することを承知で乙松夫に固定資産税の支払いをさせたものであるから、黙示の賃貸借契約が成立したか、賃貸借の成立とみなすべきものである。

3 訴訟信託(請求原因1項の(五)、(六)に対し)

原告主張の遺産分割ないし贈与は、原告をして本件訴訟を追行させるためにした訴訟信託であるから、信託法により無効である。

4 権利の乱用

原告と被告らの大部分は、いわゆる親族関係にあるものであって、原告は日本に再入国後日本女性と再婚して住居を有しており本件土地を使用しなければならない必要性もないのであるから、その明渡を求めることは、権利の乱用である。

5 時効の中断(請求原因6項の(二)に対し)

乙松夫は昭和五三年四月ころ被告乙一夫に対し債務を承認した。

(抗弁に対する原告の認否)

1 抗弁1項の(一)の事実は否認する。

2 抗弁2項の事実は否認する。

3 抗弁3項の事実は否認する。

4 抗弁4項は争う。

5 抗弁5項の事実は否認する。

二  反訴請求について

(本案前の抗弁の理由)

1 訴えの利益の不存在

被告丁原は、本件土地の所有名義を、既に死亡した乙松夫名義に回復するよう求めているが、そのような請求は不動産登記法上許されない。のみならず、被告丁原が反訴請求において、本件土地の所有権が過去において亡乙松夫のものであることの確認に代えて真正な登記名義の回復を求めるとしていることは、過去の権利関係の存否について裁判所の判断を求めるものであって、訴えの利益がない。

2 当事者適格の不存在

被告丁原は、乙松夫の相続人の一人で法定相続分は一六分の一に過ぎないのに、本件土地が乙松夫の所有であったとして、その全部につき乙松夫名義に真正な登記名義の回復を求めているが、その主張によっても自己の権利に属さないことが明らかな権利を行使して本件反訴請求を行っているものである。したがって、被告丁原は本件土地全部について反訴請求を行う適格がない。

(本案前の抗弁の理由に対する反論)

1 本案前の抗弁1は争う。なお、本件土地は乙松夫の所有であるが、同人は死亡したので相続の前提として乙松夫名義へ回復登記を求めているのであり、このような場合死者名義に回復登記を求めることは、不動産登記法上適法である。

2 本案前の抗弁2は争う。

被告丁原は、本件土地の共同相続人としての資格に基づき保存行為として本件土地全部につき本件登記請求をしているのであるから、当事者適格がある。

(反訴請求の原因)

1 主位的請求の原因

(一) 本件土地は、昭和二二年五月ころ乙松夫が訴外丁川竹蔵から買受けて、その所有権を取得した。

(二) その際、乙松夫は同人の長女である乙花子名義により所有権移転登記をしていたところ、乙花子は昭和五一年一一月三日死亡し、昭和五四年一月九日乙花子の夫の原告とその子である訴外甲一郎、同甲二郎、同甲三郎、甲花枝が本件土地につき相続登記をした上、昭和五六年一二月八日訴外甲一郎、同甲二郎、同甲三郎、甲花枝から原告に対し、遺産分割を原因とする同人らの持分全部移転の登記がなされている。

(三) 本件土地所有権は、乙松夫昭和五三年五月三一日死亡による相続開始等によりその相続人等に移転し、現在、別紙相続人目録記載のとおり、被告(反訴原告)丁原春子外一七名の者が本件土地を共有している(その移転原因は、本訴請求原因2項の(二)ないし(三)記載のとおり。)。

(四) そこで被告丁原春子は、本件土地の共有者たる資格に基づき原告に対し、本件土地の保存行為として、本件土地につき真正な登記名義の回復を原因として、所有者を乙松夫とする所有権移転登記手続をなすべきことを求める。

2 予備的請求の原因

仮に、乙松夫が死者なるが故にこれに対する所有権移転登記が認められないとしても、乙松夫死亡による相続開始等により、別紙相続人目録記載の相続人が本件土地を共有していることは右に主張したとおりであるから、被告丁原春子は本件土地の共有者たる資格に基づき原告に対し、本件土地の保存行為として本件土地につき昭和五三年五月三一日相続を原因として、同目録記載の相続人(各人の相続分は、同表記載のとおり。)に対する所有権移転登記をなすべきことを求める。

(反訴請求原因に対する原告の認否)

1(一) 請求原因1項の(一)の事実は否認する。

(二) 請求原因1項の(二)のうち本件土地につき経由された乙花子の登記が名義上のものであるとの点は否認し、その余の事実は認める。

(三) 請求原因1項の(三)の事実は否認する。

(四) 請求原因1項の4は争う。

2 請求原因2項の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴請求について

一  本件土地所有権の帰属について

1  本件土地はもと訴外丁川竹蔵が所有していたところ、東京法務局杉並出張所昭和二二年五月二二日受付第七六四六号をもって乙花子に対し、同日売買を原因とする所有権移転登記がなされている事実は、当事者間に争いがない。

2  原告は、本件土地は乙花子が昭和二二年五月二二日ころ(または、昭和五一年九月ころ)訴外丁川竹蔵から買い受けたものであって、その代金は母親の乙竹子が負担したと主張するのに対し、被告らは、本件土地は乙花子の父親である乙松夫が、訴外丁川竹蔵から本件建物を買受けるのと同時に同訴外人から、乙花子の名義を借りて買受けたものであると主張するので検討する。

《証拠省略》を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一) 乙松夫は台湾出身の中国人で、第二次大戦前東京において製薬会社を経営していた者であるが、乙竹子と結婚し、その間に娘の乙花子を儲けた。他方乙松夫は、妻以外にも甲事件被告丙川梅子を含む多数の女性と婚姻外の関係を生じ、これらの女性との間にも十数名の子供を儲けた。乙松夫はこれらの女性のところを渡り歩いて、正妻である乙竹子のもとに泊まることは滅多になかった。

(二) 乙松夫は右の婚姻外の女性とその子女のために居住用の不動産を買い与えたことがあるが、その場合、土地か建物の一方のみをその女性かその間に出来た子供の名義にし、他方は、その女性が逃げ出すことのないように、自己(又は他人)の名義に留めて置くというやり方をしたことがあった。

(三) 本件土地は、正妻である乙竹子とその子である乙花子の居住用に充てる目的で、乙松夫の知人で所有者である丁川竹蔵から買受けるべく、乙松夫がその交渉に当たったものであり、その際、本件土地の外にその地上にある本件建物も同時かほぼ時を同じにして買受け、本件土地は昭和二二年五月二二日乙花子の名義で、また本件建物は昭和二一年九月一四日乙松夫の名義でそれぞれ所有権取得登記を経由した。

(四) 当時の乙松夫の職業及び収入状況は明らかでないが、蓄財はあったもののごとくであり、また、正妻の乙竹子にも資産があり、他から融資の依頼があるほどであった。ただし、乙花子は当時学生で、本件土地を取得できるだけの収入はなかった。

(五) かくて、本件建物には正妻である乙竹子と乙花子の親子二人が居住していたが、昭和二三年ころになって、乙松夫は同人の婚姻外の女性の一人である甲事件被告丙川梅子とその子である甲事件被告丁原春子、同戊田夏子、同乙一夫、同丁田秋子、同丙田冬子の親子六名を本件建物に同居させた。右の同居状態は、昭和二八年一〇月に乙花子が夫と共に中国本土に引揚げ、昭和二九年一二月に乙竹子が死亡するまで続いた。

(六) 乙松夫は本件建物をマンションに建替える計画を立て、昭和四七、四八年ころ本件土地の名義人の乙花子の承諾を求めるべく渡中したが、その条件(土地の替わりに乙花子に提供するマンションの床面積)について折合いがつかず、乙花子の承諾を得られなかった。

以上の事実を認めることができるが、原告主張事実中乙竹子が乙花子のために本件土地の買受代金を負担したとの点については、上記認定事実からはこれを推認するに十分ではなく、また、《証拠省略》によってもこれを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

他方被告ら及び引受参加人は、本件土地は乙花子の父親である乙松夫が乙花子の名義を借りて買受けたものであると主張するが、その当時乙松夫に乙花子の名義を借りる必要性が存在したことを認めるに足りる証拠がないばかりでなく、仮に必要性があったとしても、本件土地については乙花子の名義を借りる必要があって、同じころに取得した本件建物についてはその必要のなかったことを合理的に説明するに足りる証拠はない。

却って、乙松夫と乙花子の前記の身分関係に照らせば、乙松夫が乙花子のためにその名義で居住用の不動産を取得しても異とするに足りないこと、現にそのようなものとして乙花子名義で本件土地の所有権移転登記を経由されていること、さらには、前記(六)の、乙松夫が乙花子を本件土地の所有者として遇しているとも認められるべき事実の存在していること等前記認定の経緯・事情を考慮すると、乙松夫は乙花子のために(乙花子を代理して)本件土地を丁川竹蔵から買受けたものと認めるのを相当とする。

《証拠判断省略》

そうすると、本件土地所有権は買受けの当初から乙花子に帰属したものというべきである。

3  そこで、被告らの時効取得の抗弁(抗弁1)について検討する。

被告らは、昭和二八年一〇月乙花子が中華人民共和国に帰国する話がでたころ、乙花子は乙松夫に対し本件土地の所有名義を乙松夫に戻すことを承諾した旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。もっとも、被告丁原春子は、乙花子が父親の乙松夫の反対を押切って全てを捨てて渡中したのであるから、本件土地は自分達のものになったと考えていた旨供述するが、右にいう「全てを捨てる」ことの内容が明らかでない上、《証拠省略》によれば、原告と乙花子の夫婦は、乙花子の母親の乙竹子に子供二人の養育と財産の管理を依頼して渡中したもので、その後も乙竹子と原告らの子供二人は引続き本件建物に居住していたことが認められるから、乙花子が渡中するに際し確定的に本件土地に関する権利を乙松夫に譲渡したとまでは認めることができない。他に乙松夫の本件土地占有が、客観的に見て自主占有に転化したことを認めるに足りる証拠がない。

そうすると、被告らの時効取得の主張は理由がない。

4  乙花子の相続関係について

乙花子が中華人民共和国の国民であることは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、乙花子は昭和五一年一一月三日上海市において死亡し相続が開始したことが認められるから、その相続関係は、法例二五条により、乙花子の本国法である中華人民共和国法により律せられることになる。そして、《証拠省略》によれば、この点につき中華人民共和国上海市高級人民法院は、継承権証明書なる証明書を発行して、日本にある乙花子の相続財産(本件土地)について中華人民共和国法(注、不文法)を適用すると、右相続財産はその夫である原告、その子である甲一郎、甲二郎、甲三郎、甲花枝の五名が共同相続することになることを証明していることが認められるから、これからすれば、中華人民共和国には中華人民共和国国民の所有する海外資産の相続につき右と同旨の定め(不文法)があったものと認めるのが相当である。

そうすると、本件土地所有権は、右継承権証明書記載のとおり、原告外四名が共同相続したものと解せられる。

5  遺産分割について

ところで、《証拠省略》によれば、昭和五六年一二月八日、原告、その子である甲一郎、甲二郎、甲三郎、甲花枝の五名は遺産分割により本件土地所有権を原告に相続させる旨合意したことが認められる。そして、遺産分割に関する中華人民共和国の法制は明らかではないが、共同相続を認める以上、遺産分割の合意も条理によっても認められるべきものであるから、右の遺産分割の合意はその内容どおりの効力が発生したものというべきである。

もっとも被告らは、右遺産分割は本件訴訟を原告に追行させるためにした訴訟信託であるから、信託法により無効であるというが(抗弁3)、本件遺産分割がもっぱら訴訟信託のためになされたものであることを認めるに足りる証拠はない。

6  以上の経緯で、本件土地の所有権は原告に帰属したものと認められる。

二  本件土地の占有について

請求原因事実2項の事実は、当事者間に争いがない。

右の事実によれば、甲事件被告丙川梅子を除くその余の被告ら引受参加人は本件建物を共有して本件土地を占有し、甲事件被告丙川梅子は本件建物に居住して本件土地を占有しているというべきである。

三  本件土地の占有権原について

1  乙花子が昭和二二年五月二二日ころ乙松夫に対し本件建物所有の目的でもって本件土地を無償にて貸与したことは、原告において自認するところである。

2  本件土地賃借権の存否について

被告らは、乙花子が本件土地上に乙松夫所有の本件建物があることを承知の上で帰中し、帰中後は乙松夫に、本件土地の固定資産税、都市計画税の支払いをさせる挙に出たのであるから、本件土地につき当事者間に黙示の賃貸借契約が成立したか、賃貸借の成立と見なすべき場合に当たる旨主張する(抗弁2)。しかしながら、乙松夫において乙花子帰中後本件土地の固定資産税、都市計画税の支払った事実があるとしても、それは事務管理に過ぎないものであり、原告主張事実の存在のみで賃貸借契約が成立したとか、または成立したと見なすべきであるということはできない。

そうすると、被告らの賃借権設定の主張は理由がない。

四  使用貸借終了原因の存否について

1  昭和五三年五月三一日本件土地の借主乙松夫が死亡したことは当事者間に争いがないから、特段の事情がない限り、民法五九九条により本件使用貸借契約は効力を失ったというべきである。

2  もっとも、被告は、貸主たる乙花子において借主乙松夫の他に現実の使用者として甲事件被告丙川梅子親子が別にいることを認識し、かつこれを許容していたのであるから、このような場合には、借主が死亡しても民法五九九条の適用はない旨主張する。しかしながら、そもそも使用貸借は貸主と借主との間の信頼関係に基礎を置くものであり、それだからこそ民法五九九条は、借主の死亡をもって使用貸借の終了原因と定めているものであるところ、前記認定事実によれば、本件使用貸借は乙花子と乙松夫との間の親子関係に基づいて成立したものであって、甲事件被告丙川梅子との間の身分関係ないしは信頼関係に基づいて成立し、継続してきたものではないこと、甲事件被告丙川梅子親子は後に本件建物の一部に同居したものであるが、乙花子から本件土地そのものの直接の使用者として許容されたものではないことが窺われる上、その後、乙花子ないしはその相続人と甲事件被告丙川梅子親子との間に使用貸借の継続を基礎付けるに足りるような信頼関係が成立したことを認めるに足りる証拠もない。

そうすると、被告らの右主張は採用できないから、本件使用貸借は、借主乙松夫死亡により既に失効したものであり、被告らにおいてこれを援用するに由ないものである。

3  なお、前記認定事実に《証拠省略》を総合すると、本件使用貸借成立以来既に約四〇年を経過し、本件建物も著しく老巧化していることが認められるから、民法五九七条の定める使用貸借の終了事由である「使用及ヒ収益ヲ為スニ足ルヘキ期間ヲ経過シタルトキ」にも該当することは、明らかである。

五  本件土地明渡請求の成否について

1  乙花子と乙松夫との間の本件土地の使用貸借契約が終了したことは、右に認定したところである。

2  被告らは、原告の本件建物収去土地明渡請求は権利の乱用であると主張するが(抗弁4)、前記認定の事実関係の下においては、原告の本訴請求が直ちに権利乱用に当たるということは出来ず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  そうすると、甲事件被告丙川梅子を除くその余の被告ら及び引受参加人は本件建物の共有者として本件建物を収去し、甲事件被告丙川梅子は本件建物の占有者として本件建物から退去して、それぞれ本件土地を明渡すべき義務があるものといわなければならない。

六  抵当権設定登記抹消請求について

1  請求原因5項の(一)、(二)(根抵当権設定登記等の存在)の事実は、原告と甲事件被告乙一夫との間で争いがない。

2  前記認定事実に《証拠省略》を総合すると、乙松夫が債務者となって訴外株式会社常磐相互銀行から融資を受けるに際し、昭和二七年一〇月二二日乙松夫は本件建物につき、乙花子は本件土地につきそれぞれ債権限度額を金一四〇万円とする根抵当権を設定したこと、乙松夫は昭和三三年一二月三〇日ころ常磐相互銀行に対する右確定債務額金一四五万円全額を同人の子である甲事件被告乙一夫の名義を使用して弁済し、東京法務局杉並出張所昭和三四年五月九日受付第一一〇八二号もって常磐相互銀行から乙一夫に対する昭和三三年一二月三〇日確定債権全部の譲渡を原因とする根抵当権移転の付記登記を受けていること、当時乙一夫は一三歳(昭和二〇年二月二八日生)であり、自力では弁済能力がなく、右弁済資金は乙松夫が支出したものと推測されること、その後本件建物に設定された根抵当権は、昭和三四年六月一〇日一部放棄を原因として抹消登記手続がなされ、本件土地に設定された本件根抵当権のみが残され、今日に至っていること、乙松夫が右のように本件土地についての根抵当権者の名義をわざわざ乙一夫名義にして残したのは、本件土地所有者乙花子が国交のない中国に渡航してしまったので、本件土地が第三者の手に渡るのを心配したためではないかと推測されること、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、常磐相互銀行に対する債務の弁済金を支弁したのは乙松夫であり、したがって、登記簿上の記載にもかかわらず、乙一夫は、乙松夫との関係においては債権を有するものではないから、本件根抵当権は被担保確定債務の弁済により消滅したものというべきである。

3  そうすると、原告の甲事件被告乙一夫に対する本件根抵当権設定登記の抹消登記手続をもとめる請求は理由がある。

第二被告丁原春子の反訴請求について

一  原告の本案前の抗弁について

原告の本案前の抗弁の理由とするところは、結局のところ、被告丁原が反訴請求にかかる登記請求権を有しないということに帰着するところ、被告丁原が反訴請求にかかる登記請求権を有するか否かは、ひっきょう、本案の問題であるから、原告の本案前の申立ては理由がない。

二  被告丁原の本件反訴請求は、同被告が本件土地につきその主張の共有持分権を有することを根拠とするものであるところ、本件土地の所有者は原告であり、同被告が本件土地につきその主張の権利を有しないことは、本訴において既に認定したとおりであるから、これを引用する。

三  そうすると、被告丁原の反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第三結論

以上の次第で、原告の本訴各請求は理由があるからこれを認容し、被告丁原の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺剛男)

<以下省略>

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